2016.06.24
顧客が満足する金融サービス提供のためにはエンジニアリングやマーケティングなどデータサイエンス以外の力も必要
国内有数のデータマイニング技術を有する株式会社金融エンジニアリング・グループ(以下、FEG)。同社は1989年の設立以来、金融業界を対象としたデータ分析、モデル構築、マーケティング戦略等、情報活用についてのコンサルティングを行ってきており、現在ではメガバンクや大手地銀など、国内上位行の8割以上を顧客としている。今回は、代表取締役社長 中林三平氏に、同社のサービスの特長、金融業界における「フィンテック(FinTech=ITを活用して金融サービスを生み出したり、見直したりする動き)」の動向、そしてデータサイエンティストの役割と活躍するための条件について伺った。
今回のキーパーソン
中林 三平 氏
株式会社金融エンジニアリング・グループ チーフデータサイエンティスト
自由学園最高学部理科卒。日本ユニバック総合研究所から野村総合研究所に転職。ペンシルヴァニア大学博士課程修了(意思決定理論)。AIコンサルティング室長を務める。1989年、同社を退社し金融エンジニアリング・グループを設立、代表取締役に2013年、代表取締役を退任、現在は同社チーフデータサイエンティストとして後進の指導にあたる。
データサイエンティスト活躍のポイント
- データサイエンス以外にもエンジニアリング、マーケティングの力が必要
- 活躍できるのは、好奇心旺盛でありながら散漫でなく、根気がある人
- 金融業ではデータサイエンティストへの需要が増える
顧客の「ふるまい」からリスク評価を実証
かねてより、日本の金融業界に向けてデータを活用した革新的な金融サービスを提供し続けてきたFEG。中林氏は同社のビジネスについて次のように語る。
「当社のポジションはモデラー、つまりモデルを作ることにあります。今でこそフィンテックという言葉がもてはやされていますが、そのうち極めてリアルタイムな決済に依存するものを除けば、当社が20年前からやってきたことばかりです。おかげさまで、当社が提供する金融サービスを導入している国内銀行は60行を超えました。言い換えれば、当社の金融サービスの対象となるのは預金高で7000億円以上の銀行ですが、その8割に導入いただいております」
現在、金融業界で確固たる地位を築いているFEGだが、その金融サービスのスタートは、新しいリスク評価の仕組みを実現したことにあった。2003年に同社は、銀行が持つ最もリッチなビヘイビア(ふるまい)データ、「口座の取引振」(預金取引、支払取引、外為取引など、融資取引以外の銀行取引)を用いたリスク評価に成功。こうしたふるまいをする人には、このくらい貸し出せるということを実証したのである。
それまで銀行は初めて融資を申し込む人に対し、勤務先、勤続年数、家族構成、持ち家か否かなどを書類に記入させ審査を行っていたが、これは仮に嘘を書いたところで見破られない怪しいデータであった。一方、口座の取引振のようなオペレーショナル・データは、最新かつ正確だ。そこでFEGは、半年ほどかけてデータ分析を行い、顧客のふるまいからリスク評価が可能なことを実証したのである。
「今ではさまざまな金融機関が事前与信に活用しており、借り入れの申請書を出す前に、予め枠を設定することができるようになっています。当社はこの評価システムに、無担保ローン向けの審査の基本インターフェースを加え、『ATMX』サービスとして提供しています」
ATMXは、融資しても安全と判断した人には、いくらまで貸せるかをATMの画面上で表示する。審査は2分程度で済み、ボタンを押していくだけで電子契約が成立する。その利便性の高さから同サービスの版図は拡大を続けており、サービスを契約している60行での融資残高は5000~6000億円を超えるという。全銀の統計によると、かつてカードローン残高は低下傾向にあったが、FEGのサービスを導入した銀行が40を超えたあたりから上昇に転じたそうだ。
金融サービスの提供にデータサイエンスだけでは対応できない
ATMXは2003年に提供開始。以後、法改正などに対応しながら、進化してきた。同サービスの基本はデータサイエンティストのスキル定義における「データサイエンティスト」が担っているが、これだけでは徐々に対応しきれなくなってきたという。たとえば、犯罪収益移転防止法のため、融資を望む者は自己が怪しい人間ではないことを証明しなければならない。
「融資金の使い道、住所などを再確認する画面構成にしていますが、それに利用者が抵抗を感じないよう考えてプロセスを作り込まなくてはなりません。その際にはエンジニアリングの力が必要です」
また昨今のマイナス金利の時代、銀行は利益を出すため必死だが、最も儲かるのはカードローンだ。これだけ利ザヤの厚い商品は他にないので、銀行はもっと貸出したいと望むわけだが、そのために必要な新規顧客の獲得、既存客へのさらなるアプローチ、ターゲットの絞り込みなどは完全にマーケティングの世界となる。つまり、スキル定義における「ビジネス力の運用」が欠かせない。
「サービスの開始から10年以上かけて、ようやくここまで来ました。データサイエンティストがエンジニアの世界に入り、さらにビジネスやマーケティングの力も試されるようになった。この3つのスキルが揃わなければ、今のように顧客に満足いただけるサービスは作れなかったでしょう。当社では、チームで連携することでこれを実現しています」
好奇心旺盛でありながら散漫でなく、根気がある人が活躍する
FEGの主要顧客である銀行には、データ分析や活用ができる人材がいないため、そうした業務については同社が全て請け負っている。顧客の7割が古くからの付き合いで、最長は15年にもなるという。メンバーはほぼ固定だそうだ。一方、飛び込みの仕事は非金融業に多く、その時点で最適な人員を当てているとのこと。
FEGの現体制は、データサイエンティストが所属するコンサルティング本部が48名。エンジニアリングのメンバーが所属するシステム本部が12~13名。営業やマーケティングに相当する事業推進本部が8~9名となっている。新卒と中途、どちらも採用を行っており、新卒は年に5名程度を採っているとのことだ。
「新卒を育成できる者がいて、スケジュールに余裕のあるプロジェクトとなると、およそ全体の1割程度になりますので、採用できるのも5名ぐらいに落ち着きます。育成にあたるのは入社5~8年のリーダーです」
中途採用に関しては一切バックグラウンドを問わず、面接時にどこまでFEGの業務に興味を持ってくれるかを重視しているという。
「この仕事で活躍できる人は、理系・文系は関係なく、好奇心旺盛でありながら散漫でなく、根気がある方。一方、何に対してもきちんとし過ぎる人は、与えたことはしっかりできても、プラスαがなく、発想力に欠けるところがありますね」
銀行はフィンテックの主流にはなれない
さて、金融業界においてデータサイエンスはどのような位置付けにあるのだろうか。中林氏によれば、一口に金融業界と言っても範囲は広く、状況はまちまちという。
「金融業界で最も大きな力を持つ銀行ですが、彼らはあまりデータサイエンスへの意識がありません。その一方でフィンテックという言葉には敏感に反応しており、中身がわからないまま現場に何とかしろと指示しているようです。そして、もっと積極的に取り組んでいるのが保険会社ですね」
保険会社は仕事柄、多くのビッグデータを持っている。特に生命保険は加入時にさまざまな医療データを集めるが、これまでの経験則に頼っている部分もあり、商品設計へのデータ活用等にはあまり手が付けられていない。中林氏はそこにかなりの伸びしろがあるとみている。
また以前は、クレジットカード業界がさまざまな取り組みを行っていたが、今はあまり元気がないという。むしろ新規参入組の方が積極的で、特にネット決済から参入したネット系は、決済だけでは儲からないため、お金を借りたいが信用のない人へ貸し付けることに目を向けているそうだ。
中林氏は、銀行がフィンテックの主流になれない理由は2つあるという。
① 日本の銀行文化は基本的に冒険をしない。しっかりした決算書がないと貸せない、SNSのネガポジ分析では融資を決められない…など。
② 職場を移るローテーション制度。データを集めて、それをもとに商品を設計してテストし、ダメならまた別のやり方でトライする…といったことができない。せっかくノウハウを積み上げても、2~3年で職場ローテーションを行うため、次の人が引き継いでくれる保証はないのだ。
ただしFEGでは、新規参入組に備えるという意味で、それなりの取り組みは行っている。銀行が持っているデータとSNSなどのデータを組み合わせれば、優れたサービスを提供できるかもしれないし、保険販売の手数料収入であれば、銀行が顧客のターゲティングをきちんと行えば、販売も拡大できるはずだ。このように銀行にはビジネスチャンスがまだまだ眠っている。
金融業ではデータサイエンティストへの需要は増える
このように、これまで銀行の経営層はデータサイエンスに対し懐疑的であったが、役員クラスに50歳代の人間が増えてきた今、その認識も変化していくと思われる。
「特に、第2地銀で元気のいいところが新たな取り組みを進めており、今年の後半には成功事例が出てくると思います。そうなると上位行も変わらざるを得ないでしょうね」
では今後、銀行が内部でデータサイエンティストを育成する可能性はあるのだろうか。中林氏によれば、メガバンクや大手地銀の一部にはそうした動きがあるという。
「ただし、育成を銀行が自前で行うことはほとんどないでしょうから、システム子会社や、金融業に近い立場のIT系企業にこそ、データサイエンティストが活躍できるチャンスがあると思います」
取材:日本マイクロソフト 大谷健 調査・研究委員長、ブロードバンドタワー 多根悦子 調査・研究委員
※こちらの記事は2016年1月に行われた取材をもとに作成されたものです。
株式会社金融エンジニアリング・グループ
設立:1989年4月
本社所在地:東京都中央区新川2-27-1
代表者:代表取締役社長 宮村 幸夫
業務内容:金融分野の数理分析およびデータマイニングを中心とする調査・分析・コンサルティング、ソフトウェア開発
URL:http://www.feg.co.jp/
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