2016.11.09
乱読より精読を 中央大学大学院客員教授 朝野熙彦先生インタビュー
多変量解析やビッグデータに関する書籍を多数著され、現在は中央大学大学院ビジネススクールにて実務家を指導されていらっしゃる朝野熙彦先生に、お話を伺って参りました。
朝野熙彦先生プロフィール
千葉大文理学部卒業後、市場調査会社に就職、埼玉大大学院修了、筑波大・千葉大講師、専修大・都立大・首都大教授を経て中央大学大学院客員教授。学習院マネジメントスクール顧問、日本行動計量学会理事。
主な編著書に『マーケティング・サイエンスのトップランナーたち』、『ビッグデータの使い方・活かし方』以上東京図書、『最新マーケティング・サイエンスの基礎』、『マーケティング・リサーチ』、『入門多変量解析の実際』、『入門共分散構造分析の実際』以上講談社、『新製品開発』朝倉書店などがある。
Q: 先生がデータ解析に携わるようになったきっかけを教えてください。
行き当たりばったりの半生
私は社会人生活の半分を実務家として残り半分を大学教員としてマーケティングとデータ解析に携わってきました(図1)。
なぜそういう専門になったのかからお話しします。きっかけは「ただの偶然」でした。大学に入学したのは1965年です。当時どのような統計学関係の授業を受けたかを想い出してみますと、一般教養では「ホーエルの初等統計学」(培風館)を使った統計学の授業を受けました。この本は1963年に訳書が出たばかりの評判の良いテキストでした。授業の教員は訳者である浅井晃先生本人でした。推測統計学は村上正康先生、確率論は掛下伸一先生の授業を受けました。今から思えば素晴らしい教師陣が揃っていたものです。
自分自身は実験系の研究室に属して動物実験をして遊んでいました。金魚相手の日々は楽しかったのですが、とはいえ大学に残るほどの研究意欲はなく、一方で就活にも熱が入らないという煮え切らない状態のまま4年の秋を迎えました。たまたまある授業で、マーケティング・リサーチの会社が求人しているという話を先生から伺いました。教室で志望業種を決めていなかったのが私だけだったという理由から私が先生の推薦を受けることになったのです。これがマーケティングの世界に私が入るきっかけでした。求人先はよほど人手不足だったとみえてコネだけで採用になりました。1969年のことです。近頃は世知辛くなってその会社もきちんと入社試験を受けないと採用されないそうです。
楽しい仕事との出会い
さて、たまたまの偶然で社会人生活をスタートしたわけですが、会社に入って担当させられた仕事が、企業を回ってマーケティングでお困りの事はないかを聞いて回る御用聞きでした。もちろんマーケティングで困っていない会社などあるはずもなく、いろいろご相談を受けました。依頼先の企業は、どうしたらよいかが分からないから相談しているのです。当然ながら解決策は依頼先には分かりませんし私にも分かりません。
目標志向の課題解決といえば聞こえはよいのですが、私の場合ははっきり言って「泥縄式」でした。泥縄という意味はプロジェクトが始まってから手探りで解決策を探し始めるという意味です。
新製品や新規事業の仕事は新鮮でわくわくしました。仕事は悩みと苦しみの連続でしたが、いくらかでも顧客のビジネスを助けてあげられたときは嬉しかったものです。幸い私は在職中にたくさんの難しい仕事に恵まれました。テーマパークの立地、住宅開発、金融サービス、家電品、飲食料品、日用雑貨品、オフィス機器の開発など様々なお手伝いさせていただきました。好き好んで担当分野を広げたわけではありません。仕事は自分で選べない、というだけのことです。
データ解析の必要性に目覚める
製品開発や市場予測の仕事を始めると、自分にはマーケティング・モデルの知識もデータ解析の知識も全く足りないことがすぐに自覚できました。大学で習った統計学の知識くらいではとても間に合いません。そこで細々と、そして何の脈絡もなく勉強を始めたのです。
当時の勤務先には新入社員を懇切丁寧に指導してくれる上司もいなければ社員研修のプログラムもありませんでした。そこで、おおっぴらに言うと差しさわりがあるのですが、独りで勝手に勉強することにしたのです。
その一つが1978年に入った大学院でした。数理情報科学という講座があってORで有名な刀根薫先生がゼミの先生になってくれました。大学院ではコンジョイント分析のいくつかのアルゴリズムを比較する研究をしました。K先生という頭の中でアルゴリズムをチェックしてしまう先生がいらして驚かされたものです。私は勤労学生でしたので現実にはほとんど通学できません。けれども先生方は社会人の苦しい状況をよく理解してくださったので、お情けで卒業できました。もちろん数回は大学に行ったのですが、その日は会社から年休をとりましたし、学費も全額自費でしたので勤務先には大きな迷惑はかけないで済んだと思います。
就業時間後の勉強としては大学入試センターを会場として1986年から夜間に月例会が開かれた多変量解析研究会に加わりました。これは多変量解析の権威である柳井晴夫先生が主催された研究会でした。岩崎先生(現、日本統計学会会長)、岡太先生(前、日本行動計量学会理事長)などそうそうたる先生方が研究発表をされていました。
Q: 先生がデータ解析のスキルを獲得されるのに苦慮されたことを教えてください。
私は優れたデータ・サイエンティストが育つ条件は「よい本」「よい仲間」「よい仕事」の3つだと考えています。
私は会社での仕事を通じて次第に研究仲間が増えてきました。そもそも仕事を発注してくれたお客様が真っ先に仲間に加わってくれました。「よい仕事」と「よい仲間」が混然一体となって共に進んでいったものです。マーケティングは実学ですので、マーケティングのデータ解析も実践活動そのものです。私にとって仕事と研究は同じだったのです。
さて、調査会社の新米社員のころに私が読んだ「よい本」に、竹内啓・柳井晴夫「多変量解析の基礎」東洋経済新報社(1972年)という本がありました。
この本は線形空間への射影というすっきりした概念で多変量解析を解き明かした本です。各種の多変量解析は、それぞれの方法ごとに目的関数を設定して、その最大化をはかるとしばしば固有値・固有ベクトルを求める問題に帰着することは古くから知られていました。それに対して線形空間内で部分空間を射影するという唯一のアイデアですべての多変量解析が説明できるという透徹した主張は爽快でした。本の内容は私にとって難しく、約300頁の本を読むのに1年かかってしまいました。けれどもこの本のおかげで、私はデータ解析の面白さに目覚めたのですから、1年くらい費やす価値は十分にありました。
ところでこの本の初版には数式展開や記号に関する誤植がたくさんありました。プライム(’)が抜けているだの+と-が逆だのといった本質的でない印刷ミスです。ミスを探しながら本を読むのはとても楽しいものです。論理にあいまいさが無く明確に書かれた本だからこそ誤植にも気づくのです。著者は教育的な配慮で校正モレを残してくれたのかもしれません。(違うか)
後日談ですが、柳井晴夫・竹内啓「射影行列・一般逆行列・特異値分解」東京大学出版会(1983年)、というこれまた素晴らしい本がその後出版されました。相変わらずたくさんの校正モレがありました。そのことを柳井先生に伝えたところ表記ミスを書きこんだ本を貸してくれ、増刷する時に参考にするから、というお申しつけを受けました。光栄なことです。
Q: データサイエンティストを目指す方々にメッセージをお願いします
乱読より精読を
良書しか読まない、という読書姿勢をお勧めしたいと思います。とかく読みやすい本は本質的に難しい問題を避けて、通りいっぺんの解説で済ませがちだからです。読みやすい本は速読・乱読はしやすいのですが、データ解析のスキルを会得するうえで何の役にもたちません。
わかったつもりで読み終えるような本は何冊読もうがデータ解析への誤解と誤用を拡散させるだけのツールになりがちだと思います。
また実務の手続きを書いたマニュアル本は一見、実務に役立ちそうに見えますが、実はその逆だと思います。個々のデータ解析が何を仮定しているのか、適用場面の制約は何か、そして前提が成り立たないとどういう問題が起きるかが大事です。それらをスキップして、読者はただ本に書いてある通りにパラメータをきり、コンピュータ画面のボタンをクリックすればいいんだ、という天下りの本が少なくありません。
盲目的にクリックすることは、サイエンティストにふさわしくない姿勢です。データ解析には現象とモデルに対する深い理解が必要です。これからデータ解析を学ぶ方には、悪書の乱読ではなく良書の精読をおすすめしたいと思います。
ただいずれにせよ読書が読書で終わって、実践における実験試行に結びつかないのでは困りものです。最後にデータ解析の姿勢についてお話ししたいと思います。
赤ひげ先生を志向する
医学には基礎医学と臨床医学の2つがあります。前者が真理を追究し理論の一般化を求める学とすれば、後者は個別的な課題解決を追求する学です。私はどちらか一方が正しいとか価値があるというつもりはありません。
ただ自分自身の立ち位置を自問してみたいのです。私自身は若いころから一貫して臨床医学的な志向であったと自認しています。山本周五郎の時代小説に「赤ひげ診療譚」(新潮社)があり黒沢監督によって映画にもなりました。蘭学の知識が不十分な町医者が何とか工夫して患者を救う奮闘記です。
私は、ともかく目の前で困っているお客様を救うことを一義的に重視してデータ解析に取り組んできたつもりです。理論で裏付けられた方法論 があるなら、その方が望ましいのですが、時には理論で裏付けられるまで時間がかかることがあります。企業の意思決定もビジネス活動も、理論の完成を待ってくれません。私は赤ひげ先生のマインドに共感するものです。
■編集後記■
スキル委員:菅
朝野先生の著作はこれまで色々と読ませていただいており、特に近年は先進的な企業の実例を多く紹介した著書が多く、非常に多くのケースを参考にさせていただいております。今回お話を伺って、改めてこれまでの先生の図書についても「精読」したいと思います。
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スキル委員:田中
統計の起源を古代文明まで遡るところから話が始まり、学生・若手社会人に見られがちな「データへのある種の嫌悪感」に対する危機意識など、幅広いお話をお聞きできました。
また、今の人はいきなりディープラーニングを学ぶなど、体系的に順序をおって学べてないことや、さらには、分からなくてもデータが利活用できてしまうことで「誤用が増えている」と危惧されていました。
なぜ必要となったのか、どのような理論があり、お互いの関係や位置付けがどのようになっているか、きちんと学ばせることが重要だと仰っていました。
その点では、教育が大事だと盛んにお言葉を頂き、人材育成に関わる仕事をしている私としては、改めて委員会活動の推進を強く想いました。