2016.07.14
基本スキルを習得したら自分しかできない得意領域を持とう トランスコスモスアナリティクス取締役副社長 萩原 雅之氏インタビュー
「マーケティングリサーチャーであれば、必ずフォローしている」と言われるトランスコスモスアナリティクス取締役副社長、萩原 雅之氏に、マーケティングリサーチャーとデータサイエンティストについてのお話を伺って来ました。
トランスコスモスアナリティクス取締役副社長
萩原 雅之氏
— 現在の主なお仕事内容やマーケティングリサーチ業界について教えてください
萩原: トランスコスモスはコールセンターやデジタルマーケティングなどのBPOサービスを提供している企業ですが、トランスコスモス・アナリティクスは、それらの事業をサポートするカスタマーリサーチやデータ分析を提供しています。「日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)」の賛助会員でもあり、私自身も長年にわたってリサーチャー向けセミナーの企画・運営を担当する研修委員として活動を行ってきました。
JMRAの研修では、ビジネス課題解決に向けた調査の企画、設計、フィールドワーク、分析、レポートという業務プロセスの流れを重視します。統計や多変量解析だけではなく、インタビューや観察など定性データについての研修やスキルも必須です。定量調査の実務で使うのはアンケート集計専門ソフトや、SASやSPSSなど汎用パッケージがほとんどです。JMRAでもプログラムのR言語を使った分析など実践的な講座がありますがあまり人気がありません。SQLが扱えるリサーチャーもごく一部にとどまります。
— マーケティングリサーチにおけるデータ分析の考え方に変化はありますか?
萩原: 2011年の「次世代マーケットリサーチ」という著書のなかで、検索データや行動ログなど自然に記録されていく膨大なデジタルデータ活用が不可欠になると書きましたが、当時はまだ「ビッグデータ」という言葉はほとんど話題になっていませんでした。「大きい」データであることにどんな価値があるのだろうと。そのあと本格的にブームがやって来ても、我々マーケティングリサーチ業界からみると自分ごとではない印象があったと思います。もちろんデータベースや数学的モデルを駆使するリサーチャーもいますが、そういう人は会社でもみなが専門職として頼りにする数少ない存在です。
これまで、マーケティングリサーチで扱うデータは多くても数千レコードの構造化データであり Excel シートに入る程度の「スモールデータ」がほとんどです。データサイエンティストが扱うビッグデータは数百万レコードのデータを分析するわけですから、必要なスキルは異なります。テレビ視聴率データや小売店パネルやホームスキャンによる購買者パネルのローデータは膨大ですがハンドリングしやすい形で加工されていますから、リサーチャーがデータベース構造やデータサイエンス的なスキルを意識することはあまりありません。ただ、データが大きいか小さいかの問題ではないのです。ビジネス価値や経営判断に貢献するという意味では、マーケティングリサーチャーもデータサイエンティストも役割は同じです。
— マーケティングリサーチャーとデータサイエンティストに共通するものは何でしょうか?
萩原: データサイエンティストに求められるスキルとして「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」の3つを挙げられていますね。すべてを満たすのはたいへんな努力が必要と思いますが、非常に志が高いと思います。特に自分で運用、実装するという「エンジニアリング力」まで求められるのは、時代を反映していると思います。データを顧客にとって意味あるものにするためのプロセスを自ら構想するという意味では、マーケティングリサーチャーにとってのフィールドワークの設計、管理に相当するのかなと思いました。
共通するのは、やはり顧客のビジネスを理解することと、専門家としての知見を意思決定者に伝えるコミュニケーションの重要性ではないでしょうか。POSデータを分析するにしても、顧客の業界動向を把握し、特有のビジネスを知っていて分析するのでは深さが違います。マーケティングリサーチャーは、専門領域を持つことで自身のスキルを高めて行きます。マーケターや経営者からこいつはウチの業界のことをわかっている、と思われれば信頼も生まれます。これはデータサイエンティストにとっても同じことではないでしょうか。
— 今後の発展性に関するアイディアなどがございましたらお聞かせください。
萩原: 顧客志向が当たり前になりインサイトと呼ばれる「消費者の理解」が経営戦略にかかせないものとなりました。かつては、メーカーが消費者の情報を得ることは難しく、マーケティングリサーチがその最も有力な手段でした。ところが、現在は自社内外の多様なチャネルでデジタルデータが蓄積されています。企業自身が知見や経験を得る機会も増えました。そのため、マーケティングリサーチ会社にはオペレーションだけアウトソースするという企業も増えています。単なるコモディティに陥らないためには、私たちに求められる価値がどこにあるのかを見極めなくてはなりません。
一方、IBMやアクセンチュアのような会社がインサイトやアナリティクスを主要なビジネスとして位置付ける時代でもあります。企業はビジネスに貢献してくれるのなら、どんな業界のどのような方法でも構わないと考えているのです。そういう環境では、独自の技術や顧客資産を活かしながらボーダー(境界)を乗り越えていくことが求められます。データサイエンティストがデザイナーや脳科学者などと結びついてもいいですし、そこに新しい発展性の機会が生まれるはずです。
— データプロフェッショナル・データサイエンティストを目指す方に 高めて欲しいスキルやマインド、その他メッセージがございましたらお願いいたします。
萩原: まずはキャリアに関する考え方を常に持っておくこと。データサイエンティストは、高度なスキルと知識で貢献するプロフェッショナルですが、基本を身に着けたら得意分野を持つことがとても重要です。例えば通訳なら医療関係に強いとか、建築家なら公共施設に強いといったイメージです。マーケティングリサーチャーでいえば、10年くらい経験を積むと自然と得意分野ができるものです。インサイトにはそのデータを生み出しているビジネスへの精通が必要であり、事業会社と分析などの専門会社とをジグザグに経験するようなキャリアも役立つでしょう。
もうひとつは、イノベーションへの貢献です。ドラッガーはマーケティングと同じくらいイノベーションの重要性を説いています。スキルとセンスのバランスがいいサイエンティストは、定量的な分析の結果からでも、だれも指摘しなかったような視点や仮説を生み出すことができるはずです。データサイエンティストと名乗っていても、高度な予測や最適化だけではなく、新しいアイディアや気づきを生み出すことに意識的であってほしいと願っています。
取材日:2016/05/30(月)
取材メンバー:スキル委員 山本、大黒、菅
インタビューのアイキャッチ動画はNHK 「プロフェッショナル 仕事の流儀」番組公式アプリを使用しております。
アプリの利用、作成動画の本インタビュー記事への掲載に際しましては、利用許可を頂いております。
スキル委員:山本
萩原氏の「マーケティングリサーチャーとデータサイエンティストは似て非なるもの」という発言に最初驚き、そして話を聞くうちに納得した。本質的な違いとして、マーケティングリサーチは少数のサンプルから母集団を正しく推定するのがキモ。ビッグデータを扱うデータサイエンティストは大量の全量データから目的に応じた意味合いを抽出するのがキモ。確かに似ていて非なるものだ。会社として見た場合も競争力の源泉の在り処が異なる。マーケティングリサーチ会社に重要なのは、リサーチモニターのマネジメントと正しい母集団推定のノウハウ。ビッグデータとデータサイエンティスト会社に重要なのは、ビッグデータを集め蓄積解析する為のコンピュータープラットフォーム、そしてデータ処理モデル構築のノウハウ。やはりかなり違う。面白い。
スキル委員:菅
私自身、マーケティングリサーチからデータ分析の世界に入りましたので、萩原さんから見たマーケティングリサーチャーとデータサイエンティストの比較は非常に興味深かったです。「ビジネス価値や経営判断に貢献する」という点はどちらも同じ役割であるという点には深い共感を覚えました。
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スキル委員:大黒
データを扱う業界全体がボーダレス化しているというお話はとても刺激的でした。
また、流通・小売のデータを製造が使いたいといったデータの発生場所と活用場所の違いをバリューチェーンの中で考えなくてはいけないことを再認識しました。個の情報を個として扱ってはならないこと、リサーチとプロモーションの一体化という観点はなるほどと思いました。