2016.06.07

個人向けサービス「yourHospital(ユアホスピタル)」のほか、法人、専門医、医療機関・行政、製薬・医材企業を相手にさまざまなサービスを提供しているリーズンホワイ株式会社(以下、リーズンホワイ)は、医療分野にオープンデータ分析を持ち込んだパイオニア的存在として知られる。今回は、同社の代表取締役である塩飽哲生氏に、起業のきっかけからこれまで提供してきたサービスの概要、オープンデータの活用状況や必要な人材、そしてこれまでの集大成と位置付ける新サービスについて語っていただいた。

今回のキーパーソン

塩飽 哲生 氏

塩飽 哲生 氏
リーズンホワイ株式会社 代表取締役
1978年、福岡県生まれ。東京大学出身。医師の診断や治療方針の知識構造について、システム工学の観点から研究に携わる。2011年に、「データをもとにした患者と医療の最適な環境づくり」をテーマにリーズンホワイを立ち上げ。啓発を目的とした執筆や講演なども積極的に行っている。

オープンデータ活用のポイント

  • 本当に価値ある情報を必要な人へ個別に提供する
  • データは集めるだけでなく分析・活用してこそ
    そしてコミュニケーションするための大切な道具でもある
  • データサイエンティストにもマーケッターとしての考え方が必要

会社設立のきっかけは「地域医療」

かつて東京大学で、品質管理の考え方を応用した医療安全の研究を行っていた塩飽氏。その後、現場で困っている病院関係者の助けになりたいと考え、医療系コンサルティング会社に入社したが、個々の病院の実態に触れるうち、「地域医療」をテーマにした仕事がしたいという思いが強くなっていったそうだ。

「当時(2007~2008年)は、どの病院も循環器やカテーテルなど治療分野ごとに患者さんを取り合っていました。しかしこうした状況の中、“スキマ”として見落とされてしまっている患者さん、困っている患者さんがいるのではないかと考えたのです。ちょうどそのころ、“妊婦のたらい回し”が話題になりましたが、こうした事態を防ぐためにはどうしたらいいか。各病院のデータを集めることで、地域医療を”面”として捉えることはできないか。これがリーズンホワイ設立のきっかけとなりました」

そこで2011年、塩飽氏は「データをもとにした患者と医療の最適な環境づくり」をテーマにリーズンホワイを立ち上げたが、当初はあえて前職でのネットワークを使用せず、ダイレクトメールを全国1600の病院に送り、反応の良かったところからアプローチしていったという。

「今から考えると、DPC※病院Ⅱ群のような高度な医療機能を有する病院からの反応が良かったですね。結果的にですが、データというものにお金を払う価値観を持っているところは強いし、グイグイ成長していくものなのだなということがわかりました」
※Diagnosis Procedure Combination、医療費の定額支払い制度に使われる評価方法

本当に価値ある情報であれば、人は対価を払う

品質管理には、「顧客が賢くなれば、商品やサービスの品質も良くなる」という考え方がある。提供側からの品質改善だけでは限界があり、顧客が賢くならないと本当の品質向上は達成できないということだ。これを医療分野で体現するために生まれたのが、リーズンホワイの個人向けサービス「yourHospital(ユアホスピタル)」である。yourHospitalは、「まず病気を知る」→「病院を探す」→「病院を深く知る」→「自分に最適な病院を選ぶ」という4つのステップを踏むことで、患者にとって最適な病院を選ぶWeb サービス。サービスを受ける立場の患者側にも賢くなってもらい、結果として品質改善につなげるというねらいがある。

ちなみに同サービスの利用料金は月3,000円と、他のサービスと比べて高額な設定になっている。

「高いと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、おかげさまで少なくないお客様にご利用いただいております。その背景には、個々の患者さんにマッチした情報は、簡単には得られないという事実があるんですね。たとえば、幼稚園の“お受験”でまず誰に挨拶したらよいか、神社の祭事でどれだけ包めばよいのかといった情報は、インターネットで調べてもなかなか出てきません。というのも、情報としては使える状況が限定されますし、おおっぴらに公開するのに抵抗感を持つ人が多いからです。であればこそ、本当に価値のある情報は状況に合わせて個別に提供すべきですし、逆にいえば、そうした情報にお金を払う価値があると感じておられる方が多いということです」

個人向けサービス「yourHospital」の紹介ページ

※個人向けサービス「yourHospital」の紹介ページ

医療という性質から、サービスはプル型に特化

yourHospitalの顧客の中で、大きな位置を占めるのが「お母さん層」だそうだが、これは塩飽氏の想定通りだという。家族の中心には母親がいる。さらに健康や医療の面でいうと、母親の存在はさらに大きくなる。彼女たちは子どもの病気はもちろん、夫の健康や両親の介護にも深く関わっている。

「当初から、母親が家族のセンサーになり、そこから全ての情報が発信されるかたちがいいと考えていました。実際に会員になられる方も女性が多く、利用の対象者は自分以外の関係者(家族)がメインですね」

こうしたサービスでは、「いかにその人にマッチした情報を提供するか」がカギとなるが、yourHospitalの場合、基本的な使い方は「地域を選ぶ→診断名を選ぶ」という流れで、その選択のプロセスに合わせて”その人にマッチした情報”へ近づいていく。この際には、機械学習ではなく、どちらかというとルールベースに近い仕組みを使用しているという。なお、条件設定プロセスの部分については特許を取得したとのこと。

「yourHospitalはプル型に特化したサービスで、ユーザーに向けた情報発信のようなことは行っていません。というのも、医療という性質上、ことが起こっているときにしかニーズがないためです。逆に言えば、いわゆる『健康ビジネス』をマネタイズするのは難しいと思います。一例を挙げると、スポーツジムに1回でも会員になった人の割合は、全体で数%しかありません。健康になりたいというニーズは、結局その程度ではないかと考えています」

"ブーム"以前からオープンデータを活用

リーズンホワイにおける「オープンデータ」の活用は、現在のようなかたちでオープンデータがもてはやされるよりも前からのことだったという。

「もともとコンサルタントと呼ばれる人たちは、インターネットを始めとした誰でも入手可能なデータを活用してマーケット分析を行うのですが、当社でも以前からそうしています。そして次に、例えば病院内にある医事データを活用して、その病院のカンパニー分析を進めていきます。ですから、昨今言われているような“オープンデータの活用”というよりは、インターネット上のマーケットデータをかねてから活用していたという話なのですが、それが後から分野として火がついたという感じでしょうか」

現在、リーズンホワイが主として活用しているオープンデータは、厚生労働省が年に一回公表している『DPC導入の影響評価に関する調査』データ(以下、DPC集計データ)を筆頭をはじめ、人口統計や商業統計等の公表統計データなどである。今後はレセプトデータも年次の集計レポートを出していくという話が伝わってきているが、塩飽氏は活用データの範囲拡大について慎重な姿勢をとる。

「レセプトについては生々しい部分もあるので、手を出すのは控えようと思っています。レセプトデータの解析は、我々より製薬企業、医薬品卸企業の方がなじむのではないでしょうか。ただ、彼らがそうしたビジネスを始める場合に、リーズンホワイが後方でサポートするといったかたちでの協力ならあるかもしれません」

また最近では、医療関連のデータを収集している会社の中でも、自社で整備したデータベースやデータベースに関連するサービスを販売したり、無償で公開したりすることを目指す会社も登場している。しかし、リーズンホワイではそのようなことは考えていないという。

「データを集めるという領域には、もう専門的な会社がありますので。当社はむしろそれを分析・活用することを得意としています。たとえるなら、野菜を作るのではなく、野菜を集めてきて、料理として完成させるという立ち位置ですね。さらに言うと、データは分析の対象というだけではなく、“お客さまとコミュニケーションするための大切な道具”だというように当社では捉えています」

このようにオープンデータを十二分に活用しているリーズンホワイだが、その主要な供給元である行政に対しては、よりタイムリーなデータの提供を望みたいという。

「たとえば、DPC集計データが半年に1回とかもう少し短いサイクルで出てくると、ビジネスチャンスももっと大きくなるのですが」

「データサイエンティスト」にもマーケッターとしての考え方が必要

オープンデータを有効活用する際に不可欠なのが人材、すなわち「データサイエンティスト」だ。オープンデータへの関心の高まりを受け、データサイエンティストを求める企業も増えているようだが、塩飽氏はベンチャー企業のトップとしての立場から、欲しい人物像として以下のような特徴を挙げる。

「単にデータ分析ができるだけでは不十分で、マーケッターとしての基本的な考え方・感覚がしっかりしていることが大事です。たとえば、SNSやゲームの会社を立ち上げるとき、ゼロから1人、1人から2人までのところが重要で、1人目、2人目が踊り出すと周りがついてくる…という話があります。これでいえば、ユーザーが極めて少数の段階から、どう組み立てていけばよいのかという、マーケッターとしての感覚が基本にあった上で、ある程度規模が拡大してからはデータ分析を行い、さらなる成長に貢献できる人がいいですね。言い換えれば、世の中の人たちはどういう行動原理で動いているか見えていて、これをしっかり解析できるような人です」

また、塩飽氏は上記とは別のタイプの人材も必要と見ている。

「ずば抜けた統計解析のプロという人も絶対にいた方がいいです。たとえばあくまでイメージですが、大学の数学科で博士号まで取っていて、朝から晩まで数式のことばかり考えているような人。これまでこういった人たちは、就職にも苦労することが多かったかもしれませんが、今後、彼らの活躍の場面が増えてくると面白くなると思います」
「マーケッターとしての基本的な考え方があった上で解析もできる人と、ずば抜けた統計解析のプロが揃う。これがたぶん、きれいなかたちだと思いますね」

2016年夏、これまでの集大成となる新サービスをスタート

個人向けのyourHospitalと、医療機関向けのコンサルティングサービス、2つのサービスを事業の柱としているリーズンホワイ。これまでは、売上のうち医療機関向けサービスが占める割合が大きかったが、2017年度には個人向けサービスが逆転すると見込んでいる。

「2016年8月に現在のyourHospitalを一新し、もっと”とんがったサービス”をリリースする予定で準備を進めています※。当社がこれまで、病院の取り漏れ分析や地域医療、そしてyourHospitalと、医療関連のビジネスを一周してきたところで、その集大成となるビジネスです。これがスタートすれば、個人向けサービスは大きく伸びると考えています」
※「http://jp.techcrunch.com/2016/03/28/reasonwhy-raises-160-m-yen/」等参照

新サービスのターゲットは、60代後半ぐらいまでのスマートフォンの所有者だという。特に、初めて病気になったようなときは、自分の病気を受け入れがたい心境になる人が少なくないが、こうした層を重要なターゲットとして考えている。これらをケアするべく、スマートフォンで患者と医師がつながるサービスに取り組む計画だ。

新サービス「FindMe」のイメージ画面

※新サービス「FindMe」のイメージ画面

2015年6月にスタートした専門医限定ネットワークサービス「Whytlink (ホワイトリンク)」の画面

※2015年6月にスタートした専門医限定ネットワークサービス「Whytlink (ホワイトリンク)」の画面

患者の幸せを実現し、社会全体の最適化を目指す

最近ではyourHospitalに類似したサービスも出てきているが、塩飽氏は国内外でも類を見ないようなアイデアを盛り込んでいくと強気だ。利用価格も現在の10倍以上に設定し、そうしたニーズのある人に向けてサービスを絞り込んでいくという。
たとえば脳腫瘍や子どものがんなどの病気の場合、最終的な治癒率は70%程度といわれる。このように「どの病院へ行くか」によって患者や家族の人生まで変わってしまうようなケースに特化し、本当に困っている人に向けたサービス提供を強化していく。

「我々は、一人一人の患者さんがいい方向へ向かうことで、医療費が削減され、社会も健全になると考えています。これからも患者さんの幸せを実現することで、社会全体の最適化を目指していきます」

取材:日本IBM 藤泉也 調査・研究委員、データ・フォアビジョン 野口雅之 調査・研究委員、同 大國晃 調査・研究委員

※こちらの記事は2015年12月に行われた取材をもとに作成されたものです。

リーズンホワイ株式会社

リーズンホワイ株式会社
設立:2011年7月
本社所在地:東京都港区虎ノ門5-11-1
代表者:代表取締役 塩飽 哲生
業務内容:医療ITサービス、病院・医療関連企業のコンサルティング
URL:https://www.reasonwhy.jp/

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